高崎線「吹上(ふきあげ)駅」~「熊谷駅」。その4。荒川土手から元荒川沿いに。久下(くげ)。元荒川通り。伊勢前橋。(「元荒川」をゆく。第7日目。)
荒川土手(旧中山道)とは、ここでお別れ。現在の荒川の流路は、江戸時代初期に行われた土木事業によってその原型が形づくられました。江戸時代以前の荒川は、元荒川筋を流れ、越谷付近で当時の利根川(古利根川)に合流していました。荒川はその名のとおり「荒ぶる川」であり、扇状地末端の熊谷付近より下流で、しばしば流路を変えていました。関東平野の開発は、氾濫・乱流を繰り返す川を治め、いかに川の水を利用するかにかかっていました。江戸時代の寛永六年(1629)に、伊奈備前守忠治(いなびぜんのかみただはる)が荒川を利根川から分離する付け替え工事を始めました。久下村地先(熊谷市)において元荒川の河道を締め切り、堤防を築くとともに新川を開削し、荒川の本流を当時入間川の支川であった和田吉野川の流路と合わせ、隅田川を経て東京湾に注ぐ流路...高崎線「吹上(ふきあげ)駅」~「熊谷駅」。その4。荒川土手から元荒川沿いに。久下(くげ)。元荒川通り。伊勢前橋。(「元荒川」をゆく。第7日目。)
この記事に限り写真総掲載数37枚程よく晴れた日、11月13日。今年2回目となる生田緑地ばら苑へ行ってきました。気温は11月とは思えない程暖かく、最近始めたトレ…
高崎線「吹上(ふきあげ)駅」~「熊谷駅」。その3。権八地蔵。荒川土手・旧中山道。水準点。「決潰の跡」碑。(「元荒川」をゆく。第7日目。)
ここを歩くのは、3回目。「中山道」歩き、「荒川」歩き、そして今回。「権八地蔵」。鴻巣市指定民俗資料権八地蔵とその物語権八は、姓を平井といい鳥取藩士であったが、同僚を殺害したため脱藩し江戸に逃れた。その途中金に困り、久下の長土手で絹商人を殺害し、大金を奪い取った。あたりを見廻すと地蔵様を祀った祠があった。良心が咎め己の罪の深さに、いくばくかの賽銭をあげて「今、私が冒した悪行を見ていたようですが、どうか見逃してください。また、誰にも言わないでください。」と手を合わせると、地蔵が「吾は言わぬが汝言うな。」と口をきいたと伝えられている。この話から、この地蔵は「物言い地蔵」と呼ばれるようになった。権八はその後捕らえられ、延宝8年(1680)に鈴ヶ森の刑場(東京都品川区南大井)で磔の刑に処せられた。平成24年2月鴻巣...高崎線「吹上(ふきあげ)駅」~「熊谷駅」。その3。権八地蔵。荒川土手・旧中山道。水準点。「決潰の跡」碑。(「元荒川」をゆく。第7日目。)
「向島百花園」。その2。秋の色彩。はぜのき。つわぶき。なんてん。にしきぎ。サフラン。のぎく。リンドウ。かんざん。楽焼体験。
園内の様々な秋の色彩。ふよう。はぜのき。中央は、はぜのきと梅(べにちどり)。左が葛(くず)、右がみつばあけびの棚。つわぶき。池のほとりに群生しています。なんてん。にしきぎ。サフラン。のぎく。りんどう。リンドウは、漢字では「竜胆」や「龍胆」と書かれ、「りゅうたん」という呼び名が訛ってリンドウになったとされます。根の部分の薬効成分も知られ、胃腸薬などとして使われていたそうです。龍の胆(胆のう)という名称は、同じく生薬として知られる熊胆(熊の胆のう)と同等もしくはそれ以上の苦味があることから、名付けられたという説があります。古いいけばなの教本で登場するリンドウが、作品のメインとなる枝や花の足元にちょこっと顔を覗かせる姿ばかりであることも、野山に咲く背の低いリンドウを想起させます。ふきのとう?かんざん。日本を原産...「向島百花園」。その2。秋の色彩。はぜのき。つわぶき。なんてん。にしきぎ。サフラン。のぎく。リンドウ。かんざん。楽焼体験。
AWA9コンテストの表彰状
【CQ WW DX SSBコンテスト 10m移動運用でフル参加】
結果発表 - WAEDC - (6位/19局中)
まだまだ油断できない多肉事&素敵な多肉寄せ植えの数々(*Ü*)♬
先日のマックスとの夜の散歩(^-^)
結果発表 オール滋賀(OFM 1位/18局)
【ALL ASIANコンテスト PHONEに参加】
【お祭り】野良猫殺害コンテスト【ニュージーランド】
WAE CWは、北海道から参戦! - JM8ULS -
応募前後の日記2024-25 第62回 宣伝会議賞
1本思い浮かんだコピー 第62回 宣伝会議賞
【タニカ電器 夏休み発酵食自由研究コンテスト 2024】グランプリに3万円相当のおもちゃ・図鑑【小中学生対象】
【IARU HF コンテストに少し参加】
思い出の一枚
KANHAMの週末 - IARU / 滋賀TEST -
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