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  • 石仏番外 芋川・薬師山(新潟)薬師如来

    芋川・薬師山(やくしやま)薬師如来(やくしにょらい)【データ】芋川・薬師山396メートル▼最寄駅JR只見線・越後広瀬駅▼登山口新潟県魚長岡市山古志の小松倉集落▼石仏薬師山西下の中山峠、地図の赤丸印。黒丸は登山口▼地図は国土地理院ホームページより【独り言】山古志村(現長岡市)は山と谷のなかの村。道は谷底から山の上まで網の目のように張り巡らされていて、土地勘のない者には方角さえ分からなくなります。その道は峠を越えて隣の市や町へ通じていて辺鄙な村ではありません。村の東の小松倉集落から広神村(現魚沼市)へ出る中山峠にあるのが今回案内する薬師山です。新潟には薬師山が多いので、ここは山に一番近い集落名をとって芋川の薬師山としました。小松倉からかつての峠道をしばらく登ると道が二俣になり、ここが中山峠です。二俣の中央に御堂が建...石仏番外芋川・薬師山(新潟)薬師如来

    偏平足

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  • 10月29日は「渡辺通り」渡辺與八郎氏の命日、鹿児島を走る花電車との関係とは?

    今日10月29日は「渡辺通り」渡辺與八郎氏の命日です。1911(明治44)年、悲願の博多電気軌道開業からわずか4週間、與八郎氏は当時流行していたワイルス氏病という疫病にかかり、自らが招致開校を支援した九州帝国大学病院に入院。激務による心労疲労もあってか、発病からわずか2週間後の10月29日には46歳の若さで亡くなりました。彼が作った道路や橋、軌道はその後の福岡市発展の礎となり、彼を慕った人々の尽力で「渡辺通り」という地名や道路名が遺っています。それから109年のいま、実は與八郎氏が購入した車両の中で最後の現役車両が引退を迎えようとしています。それは鹿児島市電の「おはら祭り」PR「花電車」です。2020年10月21日から11月2日まで最後の運行中。私は10月25日(日)に日帰りで鹿児島へ行き、花電車の最後の元気な...10月29日は「渡辺通り」渡辺與八郎氏の命日、鹿児島を走る花電車との関係とは?

    博多湾つれづれ紀行 益田啓一郎のブログ

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  • 眠れる魅惑の地「赤谷」

     良くできたポスター(パンフレット)である。サイズはB3、平成4年(1992年)当時の赤谷地域の魅力を充分に伝えている。  そして嬉しい事に加治川を内ノ倉川出合より上流は飯豊川と呼称している。現在では国土地理院地図を始め、Googleマップもヤフー地図もほとんどの地図の表記に「飯豊川」の呼称は消えている。いつの頃から変わっていったのか何とも寂しい。 裏面の説明文も、とても分かりやすくて良い。昭和59年(1984...

    yabukarasu

    緑の谷・赤い谷

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  • 第八五〇回 大松氷川神社(練馬区北町)

    今回の参詣は、練馬区北町にある大松氷川神社へ。ここは副都心線「地下鉄赤塚駅」から、川越街道を東に600メートルほど進んだ住宅街の中。    当社は練馬区の北東…

    譲二 6世

    江戸御府内千社参詣

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